「無駄」の意味を問う、合成化学者のドキュメンタリーとDX

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有機合成化学の研究は、試行錯誤の連続です。狙い通りに反応が進まないことも多く、論文には書かれない「失敗」や「迷い」の中にこそ、本当の学びが詰まっています。
埼玉大学の古川俊輔先生は、研究室の立ち上げを機にYouTubeチャンネル「ふるかわ研の控え室」を開設し、実験の成功だけでなく、雑談や失敗、学生とのやり取りまで含めた“ありのままの研究室の日常”を動画として発信しています。
本稿では、この一見すると非効率で無駄にも見える取り組みも「化学者のDX」と捉え直し、AIやマテリアルズ・インフォマティクスが進む時代において、研究者の試行錯誤や熱量を記録し共有することの価値を、メリット・デメリットの両面から考えていきます。

古川 俊輔さんのプロフィール写真

古川 俊輔

Shunsuke Furukawa

埼玉大学大学院理工学研究科 助教立教大学理学部化学科 客員准教授MI-6株式会社 技術顧問株式会社FRACTAL 最高技術責任者

東京大学大学院理学系研究科化学専攻で博士(理学)を取得後、同所にて博士研究員、特任助教を経て現職。専門は有機構造化学、有機典型元素化学、有機エレクトロニクスに関する分子デザイン。

まえがき

この記事は、ビックデータを使って合成化学の困難を効率的に解決する手法や、最先端研究に資する有益な情報を提供するといった高尚な類のものではありません。ただただ無駄を生み出すための非効率極まりない取り組みに関する内容になります。マニアックな学術研究に従事する化学者の日常を垂れ流すだけの動画コンテンツについて、それらしい意義を後づけしているにすぎない記事ですので、何卒ご容赦いただけますと幸いです。

化学の実験動画

動画メディアをスマートフォンで気軽に視聴できるようになった昨今、どんな分野であれ、その分野に関するHow to動画や実験動画を一度はご覧になったことがあるのではないでしょうか。ニッチな専門分野であっても、ちょっとした内容であれば何かしらの関連動画が見つかり、気軽に楽しめる良い時代になりました。私の専門分野は「有機合成化学」ですが、このような分野であっても、世界的に見れば複数の動画コンテンツが存在し、中には登録者800万人をも超えるチャンネルもあります。そうした状況の中、私も2023年の研究室立ち上げを機にYouTubeチャンネル「ふるかわ研の控え室」を開設し、少しずつ動画を公開し始めました。

大学の一研究室がチャンネル開設して一体何ができるのでしょう。正直なところ、やっている本人でさえよく分かっていません。無駄な電波を生み出していることだけは確かですが、今回は当チャンネルと従来の化学系動画との違い、メリット・デメリットなどを取り留めもなく書き出してみました。

チャンネルの特色

当チャンネルの動画の特徴は、圧倒的な無駄が含まれている点にあります。従来の化学系動画は、化学情報の普及や教育効果を最大化するための工夫が凝らされているものが多く、失敗した実験をそのまま映したり、主眼に反する雑談を盛り込んだりすることはありませんでした。また、各動画に内容構成はあるものの、非属人的でドキュメンタリー性は薄いのが一般的です。一方、当チャンネルの動画は、実験者の戯言や失敗など、あらゆる無駄をふんだんに含んだ極めて属人的な内容となっています。例えば、「新規分子合成チャレンジ」と題し、この世に存在しなかった分子を創ることを目標に掲げ、ああでもない、こうでもないと言いながら実際に挑戦する姿をありのまま映像にしています。実験が思うようにいかず怒号が飛ぶ場面や、教員と学生とのやり取りといった大学特有の物語もそこにはあります。良く言えば、予定不調和や欠損を楽しむドキュメンタリーであり、悪く言えば、なかなか結論にたどり着かない密度の低い動画情報とも言えるでしょう。

化学者のデジタルトランスフォーメーション(DX) 

このような圧倒的な無駄を含む情報を動画にすることに、どんな意味を見いだせるでしょうか。皆さんが検索エンジンやAIエージェントで物事を調べる際、文書媒体だけでなく、関連性の高そうな動画を視聴する場面も増えてきたのではないでしょうか。そのようなとき、私たちは必要な情報をできるだけ早く、正確かつ分かりやすい形で手に入れたいと考えるものです。従来の化学系動画は、そうした視聴者の知的好奇心を満たす「分かって楽しい」体験を提供するものだと言えるでしょう。一方、当チャンネルの動画は、“知りたい情報”を効率よく得るという観点での価値は、底辺と言わざるを得ません。実験者の一人称視点による視覚情報と、戯言を中心とした音声情報とが織りなす物語は、視聴者の「共感/批判」を喚起することを主眼としています。

ここでは、当動画チャンネルを「化学者(個人/グループ)のDX」と無理やり位置づけておくことにします。研究者の研究や日常、そしてそれを取り巻く環境を、そっくりそのまま動画としてデジタル化しているという意味です。材料開発の効率化を担うマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の世界では、実験結果が正確かつ大量に整理されたデータとして入手できるかが、出力の命運を分けます。AIが高精度化すれば、望む性質をもつ物質や素材を、誰もが手に入れるようになるでしょう。このような理想的な世界の実現に向けて、化学者とデータサイエンティストが協力し、日夜研究を進めているのが西暦2026年の現在です。このような背景のもとでは、個人が生み出す整理されていない大量の動画データは、活用の難しい無駄そのものだと言えます。

では、MI技術が成熟した未来はどうでしょうか。欲しい素材や材料の設計図がなくとも、AIが望みを満たす材料、あるいはその原料の組み合わせを提示してくれるようになるかもしれません。人間が担う役割は、何が欲しいのかを決める「決断」と、その材料が本当に優れているかを見極める「評価」だけになる可能性があります。効率化が進む一方で、誰がどのような思いを抱き、どのような苦労を経て開発に至ったのかといった情緒は失われていくかもしれません。学問を追求するアカデミアにおいても、同様のことが起こり得ます。実際、予算申請書のアイデア出しにおける壁打ち相手としてAIを活用する研究者は少なくありません。研究の独創性は、重点課題領域の渦に収束することでしょう。このような傾向の是非はひとまず置くとして、人がものづくりに込める思いや温もりを、あえて多分に含まれる無駄とともに伝える動画が、ちょっとくらいあっても罰は当たらないかな——そんなことを思っています。

デメリットとメリット

実験動画を提供する側の立場から、デメリットとメリットを見ていきたいと思います。ドキュメンタリー形式で研究室のチャンネルを開設している例はあまり見られないため、推測を含む点についてはあらかじめご承知おきください。

デメリット1: 時間が溶ける
動画の編集には多大な時間がかかります。どの程度かというと、20分程度の動画1本を制作するのに、約2週間の可処分時間がほぼ消えてしまうほどです。本業として動画編集をしている方であれば、より短時間で制作できるのかもしれません。しかし、しがない大学教員がちょっと凝った動画を作ろうとすると、どうしても限界があります。日本の大学教員の多くは教育と研究を兼務していますが、動画制作に時間を割けば、その分、裁量に委ねられている研究時間を削らざるを得ません。論文執筆に充てるはずの時間を動画編集に充てることになるため、業績として論文リストを重視するコミュニティとの親和性は次第に低下していきます。

デメリット2: キャリアが途絶える
こんな時間の使い方を続けていると、大学人としての堅実なキャリア形成が難しくなります。研究費の獲得や昇進において、アカデミアでは論文業績が極めて重要です。「動画が作れます!」とか「ショート動画をバズらせられます!」と言っても、ポジティブな能力と見られることは基本的にありません。結果としてショボい履歴書が出来るだけなので、全くオススメできません。

デメリット3: 新規性喪失のリスク
学術的知見においても、知的財産においても、新規性は極めて重要です。研究の様子をほぼリアルタイムで動画化する場合、研究の新規性を損なう情報を開示しないよう、細心の注意を払う必要があります。「SNSで研究内容を呟かないでね」といった趣旨の注意喚起は、いまや当然のことですから、動画で研究内容を公開するなんてことはご法度中のご法度です。常に新規性喪失のリスクを抱えることになるため、全くオススメできません。

デメリット4: 命が途絶える
場合によっては、身の安全に関わるリスクも生じ得ます。大学教員は所属が割れれば、所在がおおよそ特定されてしまいます。YouTubeのようなプラットフォームは世界に広く情報発信できる点が魅力ですが、視聴者を選ぶことはできません。動画の内容や発言は、不特定多数が視聴することを前提に、常に適切な表現を選ぶ必要があります。面白さや再生数を過度に優先して過激な内容になれば、その反作用は自らに及びます。所属機関での情報発信のルール整備は、まだ発展途上の部分も多いのが現状でしょう。研究室ホームページの動画版程度の位置づけで運用するのが、一つの落としどころかもしれません。

このように、デメリットを挙げればきりがありません。それでもなお、取り組む価値はあるのでしょうか。研究室が動画チャンネルを開設するメリットについて考えてみます。

メリット1: オウンドメディア
研究者も、自ら発信の場を持てる時代になりました。研究者にとっての主たる表現の場といえば、出版社から刊行される学術論文が一般的です。現在のような商業出版社による大規模な学術出版体制が整ったのは19世紀半で、約200年の歴史があります。論文が公開されるまでには第三者による査読が行われ、出版物には客観性と信頼性が宿ります。また、学術誌の格式や重要度を示す指標としてインパクトファクター(IF)などの数値も用いられ、学術的知見のブランディングにおいて欠かせない存在になっています。
しかしながら、こうした格式高い学術誌でオープンジャーナル掲載を行う場合の費用は年々高騰しており、雑誌によっては100万円を超えることもあります。研究成果を上げると研究費がさらに吹っ飛ぶシステムです。誰でも研究成果にアクセスできること自体は望ましいものの、そのコストがかかり過ぎるのはちょっと違う気がします。
学術誌の代替とまではいかなくとも、自ら発信の場をもつことで、研究成果や実験の詳細を映像というかたちで広く届けることが可能になります。これは研究者にとって、一種のオウンドメディアの獲得と言えるでしょう。

メリット2: 実験のリアルを伝える

実験動画の公開は、実際の操作や注意点を伝達するうえで非常に有効です。ごく当たり前のことのようですが、意外にもこの種の映像は入手が困難です。その背景には、先に述べた制作コストの大きさや大学教員としてのデメリットに加え、研究者が強く懸念する盗用のリスクがあるのだと思います。
情報共有の範囲を研究室内などに限定すれば、これまで十分に伝えきれなかった実験の細部を補完する有力な手段となります。論文の実験項は文章による記述が中心であり、その解像度は決して高いとは言えません。あれを読んで実験を正確に再現出来るのは、合成スキームを見ただけで一連の操作をある程度思い描ける熟練者に限られるでしょう。
技能習得という観点から見れば、寿司職人の修行にも通じる側面があります。最先端研究に関わる高度な個別操作は別としても、学部学生が基本的な実験操作や考え方を学べる動画教材は、もっとあってよいように思われます。ロボットが汎用的な実験を完全に担う未来は、まだ少し先のことでしょう。

メリット3: コミュニティづくり

動画チャンネルは、コミュニティ形成の良い触媒にもなり得ます。大学の機能を大きく分けると、「知識の伝達」「単位の認定」「コミュニティの提供」といった側面が考えられます。大学院段階では、「知の創造」が加わるでしょう。
16世紀の印刷技術の発達により、知識は書籍を通じて広く伝えられるようになりました。それらの書籍は閲覧できる場として、大学は知識伝達の中心的役割を担ってきました。しかし、インターネットの登場以降、この機能の相対的価値は低下しています。さらに近年のAIの発達により、その出力は博士号取得者に匹敵する水準に達しつつあるとも言われます。学術論文データベースに蓄積された膨大な知見が集合知として機能する時代において、個々人の人間の知識量では太刀打ちできない場面も増えていくでしょう。こうした状況下で、大学が担うコミュニティ機能の意義はむしろ高まるのではないでしょうか。誰が、何を、どのように、どんな思いで取り組んでいるのか——一見すると非効率で無駄に見える部分にこそ人が集まり、コミュニティとしての有機的な営みが生まれる気がします。
大人の階段を登り始めた高校生にとって、「何を学びたいか」の選択と同様に、「誰とどのように学びたいか」という問いも、人生において重要な意味を持つのではないかと思います。

おわりに 無駄のアーカイブ

AIによる効率化が進む時代において、あえて無駄をデジタルに残す意味について考えてきました。合成化学実験に本来含まれている時間の流れや操作、思考の過程を共有することで、研究に宿る手触りを感じてもらえるのではないでしょうか。このような「無駄」の共有は、人が有意義に生きるためのコミュニティ形成に寄与するはずです。また、AIとロボットによる超効率化社会を目指すうえで、最適化しきれない過程を記録するいう点でも一定の意味をもつかもしれません。このように、無駄な営みにさも意味ありげな理由を与えようとすること自体が、人間らしさの象徴なのかもしれません。

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